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2026.05.11

グルメ武将と勝男武士

「だしの伝道師®」土居でございます。

歴史と食の話です。

 

平家滅亡は食にあり

昔の大河ドラマの再放送をよく見るのですが、特に食事シーンに注目して楽しんでいます。

松嶋菜々子さんが輝いていた「利家とまつ」では、まつ殿の作った味噌汁がたびたび登場しますが、滝沢秀明さんの「義経」は食事シーンが少なかった。

時代考証的には、田舎暮らしの質素な生活を好んだ源頼朝の食事が簡素だったから仕方ないのかもしれません。

 

※ 源頼朝の食事イメージ

貴族に憧れ、贅を尽くした平家の滅亡は栄養が偏っていた食事にあったともいわれており、頼朝は平清盛を反面教師にしたのですね。

 

勝男武士登場

鎌倉幕府が滅び、政権が北条家に移ると武家の暮らしはさらにシンプルになり、狩猟で捕らえた鳥獣をそのまま食べる自然調理となります。

塩や酢などの調味料は食卓で食べる時に利用する程度で、調理の過程で味付けすることはほとんどありませんでした。

それが、戦国時代になると調味料が飛躍的に発達し、戦のためにも美味しい食事を追求するようになるのです。そろそろかつお節に登場してもらいたいところです。

 

かつお節は「勝男武士」。たんぱく質のかたまりでもある縁起物は、最高の兵糧食。

かつお節の記述がある日本最古の古文書は、1512年の種子島家への献上品リストといわれていますから、信長も食べたに違いありません。

 

戦国武将の食事を検証

チャレンジャー信長。南蛮文化に興味を持った織田信長は、宣教師からパンや獣肉やこんぺいとうを入手して新しい味に挑戦しました。ただし、合戦前にはお茶漬けを立ったままがっつき、勝利へと邁進します。

ヘルシー秀吉。日本一の出世男である豊臣秀吉の好物は、苦労人らしく大根とごぼう、それにお粥。結果的に健康食。しかし、長寿を追求するあまり食したトラの肉が腐っていて、62歳で命を落とします。

イソフラ家康。当時の平均寿命の倍近い75歳まで生きた徳川家康は、三河の焼き味噌を好んで食べました。大豆100%の三河味噌はイソフラボンたっぷりで長寿に貢献。ちなみに、家康の死因も鯛の天ぷらの食あたりとされています。

時代を創った偉人は常に挑戦者。そして、誰よりも健康に気を遣っているのですね。

マルトモ株式会社
土居幹治 専務取締役

愛媛大学農学部農芸化学科を卒業後、マルトモ株式会社に入社して
研究開発に従事。九州大学への論文提出で農学博士号取得。
「だしの伝道師Ⓡ」という二つ名で小学校や公民館での出前授業を実施し、
かつお節文化の拡散に邁進中。