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2022.06.24

おごれる食生活

「だしの伝道師®」土居でございます。

 

NHKの大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」、5月8日の放送で、とうとう平家が滅亡してしまいました。
マルトモの本社がある、愛媛県伊予市の五色浜も平家ゆかりの海岸であり、毎年3月末には落人の5人の姫をお祀りするイベントが開催されます。

五色姫復活祭

※ 五色姫復活祭の様子

 

五色姫伝説

屋島の合戦で敗れた平家の姫たちが曲折を経て伊予市にたどり着く。そこで、長女が憎し源氏の旗色と同じ白い色の蟹を探すが見つからない。
一計を案じた妹が普通の蟹を白く塗るのだが、その嘘がばれて長女が発狂。
果てに妹たちを殺してしまい、自身も海に身を投げるというちょっとだけ強引な昔話がベースにあります。

ところで、紅組対白組という我が国独特の対戦スタイルにその名(旗色)を残す源平合戦ですが、実は、食の源平合戦によって勝敗が決まったともいえるのです。

紅白旗

 

食の源平合戦

そもそも、平清盛が平安末期の保元の乱(1156)と平治の乱(1159)で勝利を収めて政権を握ったのも、食生活で優位に立っていたから。
平安貴族は食に関するタブーが多く、動物性たんぱく質をほとんど取っていなかったから体格も体力も貧弱で、何でも食べて活動的だった武士階級に歯が立たなかったのです。

それなのに、平氏は食生活で同じ轍を踏んでしまいます。
栄華の果てに都での生活そのものが貴族化してしまい、薄味で動物性たんぱく質の少ない食事で体力を落としていきました。

対する源頼朝(伊豆)、源義経(奥州平泉)、木曽義仲(信州)らは質素ながらしっかりとした味付けと高たんぱく質な田舎料理で地力を蓄え、各地で兵を挙げました。

平安貴族の食事イメージ

※ 平安貴族の食事イメージ

 

やはりたんぱく質

結果、1185年に平氏は滅び、武士の貴族化を嫌った源頼朝は幕府を鎌倉に置いたのです(1192)。

鎌倉武士の食事は玄米飯に一汁一菜と梅干し。
その後、1221年の承久の乱では東国武士に梅干し入りのおむすびが配られて好評でした。

鎌倉武士の食事

※ 鎌倉武士の食事イメージ

 

おごれる者は久しからず。
おごれる食も久しからず。

食生活で歴史も変わります。
たんぱく質で歴史も変わります。
かつお節は、70%以上がたんぱく質です。

マルトモ株式会社 マーケティング本部 本部長
土居幹治 専務取締役

愛媛大学農学部農芸化学科を卒業後、マルトモ株式会社に入社して
研究開発に従事。九州大学への論文提出で農学博士号取得。
「だしの伝道師Ⓡ」という二つ名で小学校や公民館での出前授業を実施し、
かつお節文化の拡散に邁進中。

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